なにも猛暑日に好んで走らせている訳ではない。
空冷エンジンにとって最悪条件下でもテストを続ける必要性に迫られての事だった。
アッパーカウルを追装備した3号機ファイナルフォームコンプリートのスタイルで
走行しているが、6月以降はシリンダーヘッド単体温度が180度まで上昇・・・
シリンダーヘッドから温度を貰ったおかげで、あわせて油温も激しく上昇しており
かつてないエンジンの熱ダレ状態を起こす。
トロコイドオイルポンプに新たなアップグレードパーツ、深底オイルパンKITを
追加していた事から ある程度油温を制御できていたのは、まだ救いである。
シリンダーヘッド単体の温度を下げられなければ油温も大きく低下させられないと
判断したが、それぞれが互いに 全く因果関係が無かった訳でもない・・・
アッパーカウルを追加装備しオイルクーラーコアをエンジンヘッド前側に移設した
事から、予想以上に冷却効率は著しく低下。
そして、オイルクーラーコアにあたる走行風が最も効率良い位置から変更になった
事に加え、シリンダーヘッドの前側にコアが移設された事から直風が遮られた事も
影響していると思えた。
その後、シリンダーヘッド温度の上昇原因がサイレンサーの抜けの悪さにある事が
判明して サイレンサーのパンチングパイプをより大径化したものに変更した途端、
ヘッドの温度は一気に下がった。
原因はすなわち、消音機の排気抵抗が生んだ燃焼室の異常高温化によるものである。
パンチングパイプ径を拡大したなら、定められたレースレギュレーションの音量を
間違いなく越えるだろうから、インナーウール容量を稼ぐためにもサイレンサーの
外径を大きくせざるを得ない・・・
スタイル二の次で、3号機専用のナイトロサイレンサーをワンオフする事とする。
それでも Z1-Rカウルを装備したファイナルフォームコンプリートには拘りたい。
ライダー國川浩道がアッパーカウルの装備を切望していた事もさながら、空冷Zと
一目でわかる姿形で挑みたいと言う想いもあって、オイルクーラーコアの位置は
カウル下に装備したいと実寸図面をキャドで起こした所、上手く行きそうであった。
とは言え、今は オイルクーラーコアを従来の位置に戻して走らざるを得ない。
走行風をコアに最も効率良くあてられる位置でトロコイドオイルポンプの機能を
使って油温はたちまち下がった。
シリンダーヘッドにも直接 走行風をあてられている。
サイレンサー変更の効果も大きく、ヘッド単体の温度と油温は大きく低下した。
空冷エンジンはパワーの大部分を熱損失で奪われる為、出力アップに踏み切るか
レースでの完走確率に重点を置くか、その取捨選択が難しい・・・
勝つ為にモアパワーを求めれば、周回を重ねて行く内にみるみる力は落ちて行くから
スペックではなく、結果を残せるパワーユニットを追求する必要があった・・・
折りしも、もう一つの試作メーカーであるO社の技術者達がパドック入りする。
パワーユニットの心臓部たる部品を一緒に開発して来たO社の技術者達も、この
猛暑の中で食い入るように観察しており、レースへのモチベーションは高い。
もの造りに長けた人達は皆、何かしらのパッションを隠し持っている・・・
同類なら、それはすぐわかると言うものだ。
後日、サンクチュアリー本店・・・
O社の開発陣、ディンクスとサンクチュアリー本店のそれぞれ工場長に、自分を
あわせて計6名にて打合せが行われた。
なんと・・・ 今このタイミングで設計変更を行うと言う。
それほど厳しく、それほどまで過酷であると判断した結果から辿り着いた事だが
およそストリートカスタムではあり得ない、不要領域へ踏み込んいるとも感じた。
短期間の中で目まぐるしく展開・・・
その英断も早い。
練習走行に専念するのではなく、新たな部品を造って 試しては走る・・・・
別の業者がリリースしている、既に存在しているパーツを組み込んでいた頃とは
全く異なる行為を繰り返している。
必要とするパーツを構想し、図面化して試作を造り、それを試しては検証するの
繰り返しなのだから、レース本番が近づけば乗り手もナーバスになり始める。
メカニックとて、本来であれば考える必要がない 悩む必要のないレベルの仕事に
向き合う行為は心身共に消耗して行く・・・
だが、それでも対峙すべしなのだと
ストリートカスタムの仕事とは別格の水準を越えてこそのRCMであるだろうと
改めて痛切に思った・・・
我々の仕事はつくづく難しく、長い道のりだと感じる。
バイクのメカニック能力に加えて、製造業のスキルも求められるのだから。
だが・・・
決められたコースを割り切って歩むのではなく、各々が独創性を持って進んで行く。
「やらされている」ではなく「やりたいと思う気持ち」を沸き立たせる職業なのだ。
それは趣深い時間であるから
仕事の終わりが近づいて来た頃に、終業時間はまだかと時計を見る事はない・・・
もちろん苦しい時もあるが、くじける事はない・・・
決して退屈する様な事がない、毎日が充実した人生である事に気が付かされる。
大袈裟に捉えられるかも知れないが、この仕事を出来る事、今こうしてやれる事
この道を歩める事に
感謝の気持ちは絶えない。
(その3に続く)