国際レーシングライダーである國川浩道は、あの日 語った・・・
レースでは通常ストリートの10倍 マシンが酷使されてると言われてます。
と・・・
全日本ロードレース選手権を始めとする多くのレーシングコンストラクター達が
語り草にしている、数多くのプロフェッショナル達の間で交わされて来た言葉だ。
ストリートでは壊れる事のないマシンも、レースではもたない・・・
限界領域で走り続け、厳しい環境に耐えうるレーシングマシンに携わった事がある
メカニックであれば熟知している常識とも言えるだろう。
レースに参戦、あるいは参戦した経験ある全てのショップ・コンストラクター達に
敬意と尊敬の意を込めて あえて言うなら・・・
勝つためにチューニングしたマシンにも拘わらず、限界走行に挑む勇気を讃えたい。
壊れるかも知れないと感じながらも、戦力を求め続ける・・・
これが如何に厳しい道のりか・・・ 矛盾と戦っているのだから、果てしない。
空冷エンジンのハンディは当然の事ながら、出力の限界と 故障リスクだ・・・
冷却機構が低性能なのだから、高出力を求めれば 自ずと熱対策に追われる事になる。
にも拘わらず、それでもパワーを上げなければ 近年の油冷・水冷エンジンマシンに
とてもではないが太刀打ちが出来ない。
空冷エンジンで挑む事は 負け戦とわかっていながら突っ込んで行く行為に等しい。
だからこそ創意工夫で臨む・・・
膂力ではなく、突き詰めた精妙さで・・・
大排気量化と高圧縮化は エンジンブローに直結しやすいが、吸排気系の充填効率を
向上させる手法は 比較的ローリスクであると思える。
Zレーサー3号機では この充填効率をより進化させる事で、凶暴な出力を発揮する
あの油冷・水冷エンジン車両達と戦えるのではと・・・
そう信じて手掛けていた。
だが、事はそう容易くはない・・・
うかつにも削りすぎて、ポートに穴を開けてしまったのだ・・・
溶接で修理を試みるもトーチが入りにくい場所であった事から、なかなか塞がらず。
溶かしてはダメの繰り返しが続き、直せない行為に時間浪費するのは不作と判断して
別のヘッドで始めからやり直すが・・・
今度は穴が開かない様にと予め肉盛りした事から、全く別の場所にクラックが入った。
よりによって横方向に走るオイルラインにクラックが入ってしまい、ここもトーチが
入りずらくて また溶接しては確認の追いかけっこが始まってしまう。
何と言う失態・・・ うかつにも またヘッドだ。
前回と違う問題とは言え、ヘッドのトラブルに振り回されたのはトラウマでもあり
凍て付く思いで 口数が減った・・・
だが、直さない訳には行かない。
頭を冷やして 明日また臨むと切り替えた・・・
大会まで2ヵ月を切っていると言うのに 作業がほとんど進んでいない・・・
車体とエンジン どちらも課題山積で、初めからあきらめないと前向きに取り組むも
つい浮かんでしまうのは 間に合わないと言うマイナスの感情である。
このオイルパンも その一つ・・・
ずっと前から構想してたのだから、これも もっと早く進めておけば良かったのだ。
空冷Zで筑波をコンスタントに0秒~59秒台で走れば エンジンに掛かる負担は
ストリートの比ではない・・・
ましてや ギリギリまで追い込んだチューニングエンジンであるから、尚更である。
おかまい無しの全開走行続きで一瞬も休む間ないエンジンは 激しく熱ダレをして
油温はストリートではおよそ見かける事のない数値を何度も表示した・・・
最もあの時を境に 油温はあきらかに低下し、その高性能ぶりに驚かされたのだが
・・・
そう・・・ トロコイドローター式(内接歯車)Z用オイルポンプの採用である。
以前からYRPレーシングさんがパテント取得して製作していたのは知っており
思い切って連絡し、正式に許可を頂いて製作したのがこのオイルポンプであるが
その性能は とにかく劇的・・・
ノーマルのギヤ式(外接歯車)オイルポンプも別段壊れていた訳ではなかったが
このトロコイド式ポンプに交換した途端、急激に油温の上昇がストップしたから
改めてその高性能ぶりを実感させられた。
そんなトロコイドの性能は充分わかったが Z系のオイルポンプには根本的に改善
できない Zならでの問題が潜在している。
それは空冷Zにおいて、延々の課題・・・
キャビテーションである。
近年のバイクオイルパンはどれも底がボッコリ膨らんでいるの、ご存知な方も
多いかと思う・・・
オイルパンが浅いとポンプ吸い上げ口から幾度となくエアーを吸ってしまう為
現行車両ではエアーの噛み込みを防ぐべく 吸い上げ口の部分だけオイルパンの
一部を深くし そこに吸い込みノズルが延びてオイルだけを吸う構造にしている。
ところがZの場合オイルパンが浅いだけでなく ポンプギヤがエンジンオイルの
油面と空気とのちょうど境目に又かけて差し掛かっており、ギヤの回転により
常にオイルを泡立ててしまってるから厄介であった・・・
走ってすぐ まだオイルが熱いうちにドレンボルトを抜くと、泡立ち気味になった
オイルが抜けて来たと言う経験をした方も多いのでは・・・
それこそポンプギヤが掻き回して生み出している気泡、キャビテーションである。
ギヤの回転で泡立った気泡が常時吸い上げ口から混入し、オイルクーラーも含め
エアーが噛み込んで循環しているから冷却効率が悪い・・・
ましてやノーマルポンプは外接ギヤ式・・・
ギヤ式はこの気泡を噛み込む事で 吸入側と排出側の圧力に大きな変化が発生し
それにより発生する懐圧を繰り返しながら回るから ポンプ本体の消耗もさながら
高回転時においての油圧曲線が著しく低下する・・・
これがノーマルオイルポンプの弱点であり、Zの潤滑系統における最大の問題だ。
トロコイドポンプは 実はこのキャビテーションにも強い構造な為、ギヤ式ポンプ
ほどのダメージはないが、エアーが混入している事はギヤ式同様 違いはなかった。
トロコイドオイルポンプに深底オイルパンを組み合わせれば、イメージして来た
潤滑系統が完成する!
昨年からずっと温めて来た製品だったのに、ひとたびレースが終わって離れると
つい先延ばしにしてしまうのは、自分に甘い 悪い癖だ・・・
今になって慌ててモデリングからやっている様では、どだい今度のレースまでに
間に合わないのではと思いつつ、今更ながら向き合った。
4in1の集合コレクターを避ける形で深底になる 総削り出しのオイルパン・・・
トロコイドローターオイルポンプを製作する事になった時、当初からこの構想が
最初からあって、実は今まで販売をして来たハイプレッシャーオイルポンプには
必要となる専用のオイルノズルをボルトオン取り付けできる構造になっている。
後からこの深底オイルパンを追加アップデートできる様にと 既に設計してあった
訳なのだ。
11月のレースには間に合わないかも知れないが、近い将来 このオイルパンまで
含めたハイプレッシャーオイルポンプコンプリートKITが Zレーサー3号機で
テストライドされる予定だ・・・
シャシーの全メンテナンスも行うべく、エンジンを下ろして全分解・・・
車体の方も必要な作業が沢山あり、エンジンだけに集中できる訳ではない。
前大会ではツインプラグ加工だけは施せたものの、ノーマルのシリンダーヘッドを
搭載して臨んだ3号機のエンジンは未完成・・・
ビッグバルブやハイポートなど本来狙ったスペックのヘッドをまだ試せてないのだ。
混走となる 油冷&水冷最速 ハーキュリーズクラスのマシン達はやさしくない・・・
空冷エンジンであるスーパーモンスターEVOクラスなのだから 太刀打ちできない
のは仕方がない事・・・ などと言うアピールも、しょせん虚しい言い訳だろう。
油冷・水冷車勢にストレート競争で離され、差がつきすぎれば勝ち目はない・・・
少しでもいいから馬力を載せたいのだ。
そして國川浩道が言う様に・・・
レースではストリートの10倍マシンが酷使されている以上・・・
空冷エンジンである以上 熱との戦いは避けられない宿命だから、少しでもライフを
守れる様にオイルポンプを始めとするディフェンス構造も軽視できない・・・
満身創痍は避けたいと思いながらも、11月8日の決勝まで あと48日間である。