決勝グリッドには 全車スタンバイ。
陽が落ち始めた 午後3時30分・・・
テイストオブツクバ 最強2クラスのマシンと最速を誇るライダー達が、コース上にて
まるで「早く来い」とばかり言っているかの如く、待機していた・・・
58秒071。
これは前日の公式予選で 國川浩道とZレーサー3号機が叩き出したタイムであり
空冷最速 スーパーモンスターエヴォリューションのコースレコードを大幅に更新。
同時にハーキュリーズとの混走2クラス合わせての ポ-ルポジションをも獲得した。
だが・・・
迎えた翌日の決勝では、打って変わって苦戦を強いられる。
分刻みの滑り込みで出走許可を得た國川浩道は、今ピットロードからコースへ。
それでもこの時、もはや誰しもが・・・
満身創痍だった・・・
どんなオートバイにも熟成期間は必要だ。
如何なる造りを持ってしても、走っては直し 走っては調整しと言った、熟成工程
なくして真に完成度は上がらない。
昨年の秋 ようやく完成したZレーサー3号機は、シェイクダウンでありながらも
3ヵ月間のセットアップを得て2019年11月のTOTにデビュー・・・
初戦でスーパーモンスターエヴォクラスを制したが、目指していたコースレコード
更新には あと一歩のところで届かず、Round2へと引き継がれた。
あれから1年・・・
予選3日前、最後のエンジンチェックを行うべく全分解された3号機のエンジン。
180馬力前後の出力を誇るハーキュリーズマシン達に 少しでも食らいつこうと
組み込まれていた6速クロスレシオミッションは 前大会から使用してるものだが
さすがに各部に疲労感が見られる・・・
さしものTW社製6速クロスも、ここに来て部分的な部品交換が必要な様相だが
スペアパーツはない・・・
いつもの精密シム調整を施して 組み直してやるしかなかった。
前大会で出来なかった事の一つにバルブ回りの仕様変更があり、計画をして来た
ハイポートシリンダーヘッドに出来た事から 合わせてここも作業が進んだ・・・
タペット、リテーナー、そして新しいバルブと、総重量を測定して数値を決める。
誠太郎は深夜になっても余念がない・・・
最後の最後にシリンダークリアランスを測定して、当初のピストンクリアランスを
キープ出来ているかを確認し、交換する新品ピストンリングの合口隙間を合わせる。
ここの100分台の手作業は後々に大きく影響するから、今やらねばならない事だ。
ブローバイ内圧対策も大きく前進・・・
ヘッドカバーにスリーブナットを溶接してアダプターを取り付けられる構造にした。
減圧バルブに頼らず自然解放にする事、もうこれが絶対条件であったが、そのまま
開放すれば沢山抜ける分だけ 油も吹いた・・・
だが あくまでも自然解放でなければダメなのだから、そうなると・・・
決して吹き返す事のない、新しいオイルキャッチタンクが必要になって来る。
今までの既製品より2倍以上の容量を確保し、かつただの箱ではなく 内部に
入り組んだ仕切りを設け これでもかと言う位に吹き返し対策を施したタンク。
街乗りでは それほど役に立ってないとさえ感じるオイルキャッチタンクだが
ここに来てその機能が大きな役目を持った存在感となっていた。
昨年から構想して来たエンジンメニューを全て投入し、予選前のオーバーホールが
完了した3号機をシャシーダイナモで仕上げる。
その成果は・・・
後軸出力で SAE151馬力(補正なし158馬力)まで上がって来た・・・
Z系の空冷DOHC2バルブ4気筒エンジンで ここまで来るのは本当に苦しく
長い道乗りであったが、この出力を持ってしてもあのハーキュリーズクラスの
マシン達がひとたび吠えれば 即座に引き離されるのが現実であるから、決して
心強い数値ではない・・・
だが、空冷Zで挑むと言う行為そのものが そういう事への覚悟なのであるから
受け入れつつ 他の要素を満たして行くしかない・・・
こうして迎えた前日の予選。
晴天に恵まれた心地良い陽気だが、気温はそれほど高くないから空冷エンジンに
とってはありがたいコンディションである。
國川浩道も昨年のレースを知っているだけに、如何にすべきかを考える・・・
これは後に聞いた話なのだが・・・
直線勝負ではエンジンパワー差が違いすぎる為、12ラップでの序盤を57秒台で
回り 中盤以降でも58秒台をキープできれば勝てるかもと語っていただけに・・・
この予選でそれが現実化できるかどうか 見えて来ると言った所なのだろう。
メカニックとしてはライダーに、もっともっとパワーをあげたいはず・・・
誠太郎の苦労と國川の懸命な走りが、私の個人的 空冷Zへの拘りであるエゴを
揺さぶり出しているのは間違いなかった。
そんな複雑な心境の中、公式予選が始まる。
まずはクリアーラップを取る為にも、走り方が違うハイパワーマシンの後ろに
ついていてはダメだ。
3号機の持ち味である優れたコーナリング性能を生かし切る為にも、目の前に
馬力で押すマシンがいてはこちらの良い部分が発揮できないから、まずは距離を
取る作戦で行く・・・
コースインしてから2周目までに環境を作り、3周目からタイムアタック開始!
そして
58秒071!
まさか!?・・・ いきなり飛び出したとてつもないタイムに、皆呆然とするが
直後
・・・・・・・・・・・・?。
戻って来ない。
バックストレートを押してる!・・・ 何かが起こった!
昨年11月の大会でも予選でクラッチリリースが回り切ってしまい、3ラップで
終わってしまったから、ここにいた全スタッフの脳裏に 嫌な思いが蘇った・・・
戻って来た國川と3号機・・・
どうやら4周目の2ヘアピン立ち上がり直後に、突然エンジンが止まったようだ。
すぐに目に付く部分をチェックすると、何と・・・
点火ピックアップローターの配線カプラが抜けていた。
なるほど、これでは火が飛ばない・・・
タイムアタックに入りバンク角がより深くなった所で右ポイントベースを大きく
削りすぎ、その際に配線が引っ張られてカプラが抜けてしまった訳である。
何だこれかと 安心した國川に笑顔が戻った・・・
むろん 誠太郎を始めとする全クルー達も肝を冷やしつつ、同じ心境であったろう。
この後4周目のラップ記録を確認した所、3周目に叩き出した58秒071よりも
はるかに速いペースで走っていた事が判明・・・
國川浩道はもちろん、この場にいた全員が4周目は間違いなく57秒台であったと
確信をした。
予選結果は混走2クラス総合でのポールポジションを獲得。
私が知る限り スーパーモンスターエヴォクラスのマシンが1番グリッドに並ぶのを
これまで見た事がないから、自分でも我が目を疑うほどの結果である。
でも、こうなると・・・
もしも序盤を57秒台で走り 中盤以降は58秒台をキープ出来たのなら・・・
そうすればスーパーモンスターエヴォマシンでも・・・ いや、空冷Zであっても
ハーキュリーズクラスとの混走で勝利する事が出来るかもしれないと言うその戦略が
無理なものではないのかもと、そんな妄想よぎらせる予選であった。
だが、このあと・・・
そんな悠長な思いを ひっくり返される事になる。