1台のマシンで複数のパーツ開発を同時に行えば、ややもすれば混乱しがちになる。
理想は2台~3台のマシンがあり、それぞれテーマを定めてテストさせる事だろう。
だが、3号機は1台しかない。
ましてや、ライダー國川浩道は一人だけなのだから同時テストはやむを得ない。
サイレンサー内径を拡大し ウール容量を増やす事で燃焼室の放熱性が良くなるのは
判明したが、となれば、今度はトルク&パワーの上乗せを図りたくなる場面・・・
さりとて、設計変更を施した次のピストンが、わずか数日で出来上がる訳もなく
今はエンジンのコンディションキープに徹する事に。
サンクチュアリー本店の裏手に在る、内燃機加工部門 ディンクス・・
今年になってディンクスには日本全国から沢山の内燃機加工業務依頼が入っており
業務過多が慢性化していた。
「他の業者様の仕事を最優先するように」と、常日頃から指示して来てはいたが
レーサーエンジンの緊急性を伴った加工がある時だけは割り込ませて貰っている。
この日も陽が落ち始めた頃からバルブシートリングカット加工を開始。
3面カッターで微小に薄皮、ひとさらい・・・
極微小な量だけさらって、その後のバルブセット長はステムエンド研磨ではなく
なるべくタペットシム調整の範囲内で合わせる。
バルブスプリングのセット荷重は コンマ台の変更でもセット荷重が抜けるから
リテーナーの位置は設定した位置で変わらず固定したい。
スプリング下に精密シムを追加すれば、荷重値やバラつきを揃える事は出来るが
バルブフェイスがカム側に沈めば沈むほど圧縮も落ちるから、シートカットは
極々微小である事が理想である。
シートカット後のヘッド燃焼室の密閉性能は、見違えるほど改善される。
ロードレースの世界では選手権のシリーズを通じて大会ごとにヘッドを分解し
微小なシートカットを毎回施すと言うほど、この作業はものを言う・・・
一般作業でオイル漏れ等の修理からエンジン腰上を分解する機会は多々あるが
正直、その時に全てのシートカットを行っておくべきだと常に感じる。
バルブフェイスのリフェースも伴うが、数千km走行しただけのエンジンでも
このシートカットは効果を発揮するから決してケチらない方が良い。
燃焼室温度の異常上昇から、デッキ面を測定してみれば やはり微妙な歪みがあり
最小値面研を施してシリンダーヘッドの作業は完了。
続いてはクランクケース側面、クラッチカバー取り付け部の面研工程へ・・・
3号機のエンジン搭載位置は Z系のノーマルの高さと同じ設計になっている。
それでもマシンを寝かし込んだ際、バンク角の深さからクラッチカバー下側の
ネジ部とクランクケース下側ネジ部は 食い込むほどアスファルトを擦る。
対策として、ネジ部を予め削ってしまい ケースの内側を溶接で盛ってネジ部を
新造し、クラッチカバーも合わせて改造して これでギリギリ接触は避けられる。
ケース側を溶接盛りした加工だから 面を刃物加工でフラットに戻す必要があり
上下ケースあわせた状態でYZ500-WRの盤上に水平を出して固定。
ミル切削で正確に平面を出せばケース合わせ部からのオイル漏れなども含めて
一切心配がないから、普通の仕様のエンジンであっても効果のある加工である。
エンジンのコンディションさえ健全であれば、後軸出力150馬力の仕様でも
テストライドは充分可能。
今年初頭から、國川自身の練習走行を犠牲にして製品テストに徹して来たから
秋からは練習走行に専念させてやりたいだけに、この日良い結果を残せる事に
期待している。
テストターゲットは、内製開発したNew6速クロスミッション!
2回目となる今日はライドアベレージを上げて行く!
1回目のテスト走行でシフトフィールの軽さ、確実な作動性は確認できており
そこは極めて良好。
今回は5速のギヤ比を検証しており、前回と僅かに異なる モジュール変更した
5速ギヤでレシオをロングに振ったバックストレートエンド伸びきりの比較だ。
シフター操作の切れの良い連続変速音が聞こえた。
あの2020年決勝での惨敗、変速トラブルのトラウマを解消するかの如く。
まだアタックに入ってはいないが、コンスタントに59秒台でラップし続ける
國川は、まるで楽し気に走っているようにも見えた。
どうやらテスト走行での感触は上出来な様子。
ライダー國川浩道からOKを貰い、New6速クロスミッションのテストは終了。
真夏の走行は、これにて幕を閉じた。
刻まれて行く、時間とコスト
「何故そこまでやるの?」と、聞かれる事は度々だ。
わかっている
普通にストリートバイクの製作だけしていれば、こんな苦労はないのだから。
「コンプリートバイクを造って売ってるだけで いいんじゃない」と、言われた。
「ユーザーは色など見た目のカスタムが好きで、そこまで求めてないんだよ」と
苦言を聞かされた事も何度かあった。
確かに、 そうかもなと思う・・・
だが
どうも釈然としない。
メーカーが新型モデルや部品をサーキットやレースを通じて開発しているのには
大きな意義がある。
少なくともロードスポーツモデル路線であるなら、サーキットでのテスト検証は
不可欠であるはずだ。
私達が日々対峙してる仕事もレースからの影響力は大きい。
事実、レース活動を暫く休止するとメカニック達の知識は目に見えて遅れ出す。
「それは一体いつの話?」と言いたくなるほど、遅れた事を語るからだ・・・
新しい情報に疎くなり 併せてメカニックとしての技量の伸びも鈍化するのだが
これが実に、面白い程にわかりやすい。
一人でも二人でもいいから、サーキットパドックに居る事・・・
ピットに入る者が数名いるだけでそれは工場内に伝播し 比例して技量も上がる。
その事実があるからこそ
Zレーサー3号機からのフィードバックで製作されたコンプリートバイクの良さを
自画自賛ではなく
決して自作自演が通用しない、公の場で証明して見せたいのだ。
決して 華やかな世界ではない
それでも、この空冷ZでのテストライドとレースがあってこそのRCMであるから
ストイックでありたい。
ライダーもメカニックも、そしてチームの姿勢も常にハングリーで在るべきで
やらせも 虚偽も通用しない、実力ありきの勝負で
この一撃に賭ける!
これこそRCMのレースだ。
(その4)に続く