真夏の部品開発テスト走行は、ひとまず終了した。
唯一 ピストンのみ設計変更が行われるが、それも数回に渡るテスト走行から得た
結果のフィードバックであるから、それで良しである。
9月後半からは大掛かりな製品テストは行わず、ようやく練習に専念した走行に
切り替わるから、國川とて一安心だろう・・・
熟成に向け、セットアップ走行に万全を期するのみだ。
やがて8月も終わりが見えて来た、ある日・・・
千葉県松戸市の、とある場所に機械工作機や工具類が搬入・・・
サーキットでのテストライド同様、お盆明けから酷暑の中で準備が進んだのは
小規模ながらも ”新たなサンクチュアリー”
サンクチュアリーIMCのオープンである。
代表経営者は、サンクチュアリー本店レーシング チームリーダーの鈴木誠太郎。
この場で褒めるのは いささか照れくさい気もするのだが、真実この鈴木誠太郎は
天性に恵まれた男だ。
内燃機加工部門ディンクスの工場長と同様、40歳代でよくぞ、よくぞここまで
辿り着いたと感じる才である。
最もその才の裏側では人一倍の努力や勉強もしており、いわゆるサラリーマン的
取り組み方ではここまで来れなかっただろう・・・
開店祝いをかねた酒の席。
次レースに臨むべく打合せするライダー國川浩道と、2019年のRound-1で
共に結束の力を発揮してくれた江尻安太郎が同席。
色々な意味で、これから始まる厳しい挑戦を前にした安息のひと時であった・・・
才覚あるメカニックが経営者として独立・・・
もちろん、毎日を一人で営んで行かねばならない。
厳しさが加速するこれからの時代、小規模業者の行方は見えにくいが、それでも
レース活動を始めとしたサンクチュアリー本店での業務に絡んで営んで行くから
これまでのFCグループ店とは また違ったキャラクターの店になるであろう。
いずれにしても11月5日の決勝に向け、悔いの残らない日々であって欲しいと
願うばかりである。
7月末に遡ろう・・・
誠太郎と共に、ふたたび東名高速を西へ。
かれこれこれで4度目の訪問となろうか、浜松のT社へと向かっていた。
今回の訪問では、夏のテストライドの結果を元にした最後の検証が行われる。
New6速クロスミッション、最後の検証だ・・・
ちょうど依頼していた特殊ツールが出来ており、早速見る事に・・・
トランスミッションギヤの内側インボリュートを切るツール、ブローチである。
この二種類がそれぞれ インプット&アウトプットギヤの内側インボリュートを
切削する刃物で、サンクチュアリー本店がオーダーメイド依頼したものだ。
そして、これがホブ。
昔からよく知っていた刃物だが実物を手にしたのは初めてで、ギヤ外側の歯を切る
専用のツールである。
実はギヤの内側も外側も正式に歯はどれもインボリュートと呼ぶ。
異なるモジュールのホブで切削する必要があるから専用ツールは複数種必要となり
合計コストは高額だ。
このNew6速クロスミッションは、従来品とは根本的に異質なるものである。
従来品も決して悪いものではないが、この新型は成り立ち至るまでの解釈が違う。
「設計」「材質」「構造」「精度」「熱処理」「面粗度」と言った、もの造りに
必要となる全てのノウハウが集約され、更には試作からライダー國川浩道による
59秒台ラップでのテスト走行を積み重ねた、実績ベースのミッションである。
New6速クロスではインボリュートスプラインを採用した。
インボリュートと言う言葉は耳にした事があると思うが、その性質までを理解して
いる方は極々一部であろう・・・
特有の曲線で構成された歯形は、回転運動時において歯の各接点が同一に噛み合い
そのため滑らかな作動性を生み出す。
現行モデルのトランスミッションは、ほぼ全てがこのインボリュートスプラインの
ミッションであると言っても過言ではない。
ただし、このZ系の角スプラインにもメリットはある。
従来品6速クロスミッションもこの角スプラインなのだが、接触面積が少ないが
故に、実はギヤスライド時のフリクションは角スプラインの方が少ない。
ギヤ内側の角スプライントとシャフト外径の角スプライン、接触面積の少なさで
スライド性の良い角スプラインとするか、 あるいは 回転精度と噛み合い誤差が
少ないインボリュート歯形性質を生かした滑らかなスライド性を求めるか・・・
New6速クロスミッションではインボリュートスプラインを採用した。
そして、この二種類のアウトプットシャフト。
上段の長いシャフトはコウガ店のEVOシャフトで、これも本店が同時開発をし
インボリュートスプライン仕様で新規製作したもの。
下のシャフトはノーマルの従来の長さ プラス数mmロング寸法で製作しており
こちらもオフセットスプロケットとの組み合わせでリアタイヤ最大190幅まで
対応する、容易にドライブチェーンラインを設定できる広い選択肢の仕様とした。
カワサキのミッションらしく、ニュートラルファインダー構造も軽視していない。
3号機レーサーはセルモーターがない為、3速に上げてスターター駆動でエンジン
始動させているからニュートラルファインダーの硬球を抜いている。
だが、この機構はストリートでは大変便利であり、実際このNew6速クロスを
開発するにあたって複数のユーザーにニュートラルファインダー機構は必要か?と
リサーチしたところ「あれば嬉しい」と言う声が圧倒的であった。
この様な経緯から、New6速クロスにはニュートラルファインダー機構を採用。
硬球にはカワサキの水冷エンジンで採用されている小型のサイズを用いている。
実はこのニュートラルファインダー機構、 深堀りしてみれば意外な発見があって
初めて知る事もあった。
その細部に宿っていた微細な構造も従来型より進化しており、New6速クロスの
信号待ち時のニュートラルの出しやすさは格段に改善されている。
ミッションギヤの勾配ドグ構造は、もはや当たり前と言って良いだろう。
【軽くシフト操作できるのに ギヤ抜けが無い】 これが絶対に譲れない部分である。
ドグのテーパー角は適性化を検証し、材質はSCM415とSNCM420の二つを
筑波でテストライドしている。
浸炭焼き入れ層の深さも、四輪のレース用トランスミッションのノウハウを提供して
貰い、熱処理とその後の研磨仕上げが如何に重要であるかを学んだ。
肝となったのが、何と言っても このシフトドラムである。
共に開発を手掛けてくれたT氏が、それこそ丸ひと晩寝ずに測定検証を問答して
導き出したリード溝は設計完成度が高い。
また、仕上げの面粗度が重要と拘って完成したシフトドラムは、従来品のドラムと
あきらかに違う軽い操作タッチを実現。
重要なのは材質と設計と面粗度で、こじゃれた機能など一切必要ないと言う・・・
國川の、あの乱暴なシフター操作に負ける事なくついて来る 秀抜な逸品となった。
現在はメーカー欠品となっているインプットシャフト側シフトフォークの開発も
進めているが、既に存在しているAPE製を越えるものにしたいと時間を掛けて
開発している。
時間は掛かるが、後発であるが故の進化と優位性は 確実にあると思っている。
New6速クロスは 筑波TOTでの戦力として開発を始めたのだが、同時に多くの
Z系車両にもお勧めできる逸品である。
オリジナル部品は よほど軽微な部品でもない限り、サーキットでのハードライドに
よるテストは欠かせないものだと感じさせられた経験でもあった。
テスト如何によりリリースすべきであると、過去の苦い経験が語りかけて来るから
レース以外にもレーサーの存在意義を見出せたと言う発見も大きい。
New6速クロスのスペックは他にも「ギヤ比」や「転位」など 語り切れていない
内容盛りだくさんであるが、それはまた改めて別の機会にでもご紹介したい。
(その6に続く)
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明日14日は第二木曜日の完全休業日となります。
またその日、館内の電気工事が施工されておりますので、ほぼ終日に渡り
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ご不便お掛け致しますが、よろしくお願い致します。
サンクチュアリー本店 (株)ノーブレスト 代表 中村博行