かつてライダー國川浩道は「オートバイはエンジンありきだ」と語っていたが
実際 全日本ロード選手権の関係者も然り、多くは「オートバイはエンジンだ」と
発信している。
事実エンジン出力の特性は直進はもちろん、コーナリングやブレーキングにまで
幅広く影響しているから エンジンが如何に大きな存在であるかを、今更ながらに
痛感させられているのだが
良質な出力特性は乗り易さに繋がるし、同時に 調子を崩したり故障したりする
確率も下がるから、ロードレースで実績を上げたエンジンは確固たるものであり
それは街乗りバイクエンジンにも精通したノウハウとして反映される。
だがそんなエンジン・・・
空冷Zにおいては このエンジンの壁が実に険しく、ハードルは高い・・・
パワーを絞り上げれば当然、エンジンのライフマイレージを大きく失う・・・
ブローリスク回避のため極めて突き詰めた仕様は避けたくなるのだが、さりとて
後軸150馬力越えの最大火力を持たずして水冷エンジンマシンには勝てない。
となれば
限界域ボアへの大排気量化は・・・ いわずもがな、大変有効な方法だ。
「なぜビッグブロックを使わないの?」と、聞かれた事があった。
確かに、Zレーサー3号機はZ1100GPやGPz1100の純正シリンダーで
スリーブを最大サイズ化し、そこにφ78ピストンを組み込んでいる。
これが、熱的にも強度的にも苦しいのは事実・・・
それでもこれは、Zレーサー3号機がRCMである事の証であり、拘りである。
ストリートマシンへのフィードバックなくしてサンクチュアリーのレースは無い。
一般公道でビッグブロックのシリンダーを使う事は、放熱性うんぬんを語る前に
そもそも法的に難しいだろう・・・
シリンダーには排気量の刻印があり、これは製造メーカー すなわちカワサキが
製造刻印したものでないと車検継続検査時にコンプライアンス問題が生じる。
実測による排気量証明の提出で検査を通す事は出来るだろうが、一般論としては
やはり純正シリンダーが誠実である。
RCMとしてレースに臨む以上、このノーマルシリンダーへの拘りは死守したく
如何に過酷な条件であろうとも純正シリンダーベースで結果に繋げたいのだ。
周回レースである事、 実はこれがまた難敵で・・・
コーナリングがある以上、あたり前なのだが加速と減速は頻繁に繰り返される。
それも 普通ではあり得ないほど激しく・・・ ガンガンである。
その際に発生するエンブレは、エンジンを壊す直接要因が強い・・・
もちろんスリッパーは効かせているが、スリッパーにしてあるから良いのだと言う
スペックオンリーの発想はない。
スリッパークラッチこそはスプリングのセッティングが重要で、モトコルセさんが
扱っているSTMからは調整用オプションスプリングがラインナップされている為
セッティングは欠かさず行っていた。
レースでは、エンジンに掛かる負荷はストリートの10倍以上。
空冷エンジンだからシリンダー冷却は外気放熱だけ。
トロコイドオイルポンプと深底オイルパンのコンビネーションでオイルクーラーコア
容積の放熱性が効率化できた事から、シリンダーヘッドだけは油冷却が出来ていても
シリンダー本体は風まかせ・・・
スリーブ肉厚は もはや稼げない残寸だから、ピストンに着眼した。
O社とのミーティングは、レース開催日が近づく最中で白熱したものとなる。
ディンクスとサンクチュアリー、そしてO社との協議の末に踏み切った設計変更は
ピストン性能でシリンダーをカバーして行く事への挑戦でもあった。
そして、8月後半・・・
設計変更された新しい レース専用 φ78ピストンが完成。
品質は管理され ”カスタム屋アイテム” ではない ”メーカーアイテム” である事を
裏付けさせられる資料があり、多気筒エンジンの組み手に、内燃機加工施工者に
とって大変ありがたいと感じる。
同じセミスリッパー形状だが、見た目からして初期仕様と異なるのがわかるもの。
トップ形状とピストンリング溝、そして樽型を見直す事で熱に強く 回るピストン。
潜在する性能は肉眼では判別できない。
ディンクスでは最新鋭CNCホーニングマシン H85Aが待機していた・・・
まもなく今現在可能な限りのノーマルシリンダーによるビッグボア化は完了する。
その模様は、いずれお見せするとして
加速と減速、周回レースでの國川の走りには容赦がない。
エンブレ同様、オーバーレブもまた 即エンジンブローに直結する要素である。
ストレートエンドの伸びきり、コーナーへ侵入する手前でエンジンが吹け切った
ままが数秒続くとエンジンは悲鳴を上げる。
そのストレスを解消する為に、トランスミッションのギヤ比変更が課題となった。
だが、ファイナルでは大味すぎで、ミッションギヤの歯数1丁の変更では狙った
セットに近づく事もできず。
そもそも従来型6速クロスのトラブルが原因でリタイヤした2020年の決勝を
思い起こすのなら、いっそ 信頼できる高完成度の6速クロスミッションを造って
しまおうと
こうしてNew6速クロスの開発へと至った。
材質・構造・設計・精度・熱処理・面粗度など、完成度を決定づける全ての要素を
研究し検証し、最大負荷をかけたテストライドを何度も繰り返したが、それ以上に
ギヤ比の改良には時間を費やしている。
空冷Zを17インチホイール化した際、最も相性悪いのが2速と5速のレシオだ。
特に2速の2.000は全くダメであった。
従来型6速クロスの2.000レシオでは2速の吹け切りがあまりに早すぎるため
少しだけロングに振りたい訳なのだが、実はこれがそう簡単な事ではない。
そこで取ったやり方と言うのが、歯のモジュールを変えてわずかにレシオを変化
させる手法であった。
ここを1.950から始めて、その後1.944か もしくは1.941のどちらかでと
絞る段階まで来ている。
今回ピストン設計変更によりエンジン出力フィールが変わるはずだから、その時に
二択どちらかのレシオで決まるだろう。
このモジュールを利用したギヤ比の変更は思っていた以上の効果を発揮していた。
オーバーレブを防ぐだけでなく、スムーズに走れる扱い易さにも繋がるだろう。
New6速クロスは、2年以上と言う長い開発期間を掛けただけの事があるなと
今やっと実感する事ができた。
後発が故の ”利” は 相当大きいと思う。
モジュールや転位についての話は長くなる為、語るのはまた別の機会にでも。
= 音声付き画像 =